SNSに上げられる写真の多くが、自分の輝く瞬間を切り取った取っておきの1枚であるということはもはや常識です。
何枚も撮り直したうちの奇跡の1枚であったり、さりげない1枚に見せかけて実はとても手間がかかっているものであったり。そもそも自分が撮った画像ではない"他人の取っておき"なんて場合もあります。とにかくSNSに上がっている写真には、そういった「裏話」が付き物です。
それは当然、私にとっても同じことです。
例えば、ここに1枚の写真があります。
天橋立に来てます。 pic.twitter.com/Gn4yizZRV2
— しゅん (@geishunki) 2021年10月30日
私が去年の10月にTwitterに上げた、恋人との天橋立旅行の写真です。ここにもちょっとした裏話があります。
......というのも実はこれ、「take2」なんです。
写真ではなく、この旅行そのものが。
じゃ1回目はというと、私たちは残念ながら天橋立まで辿り着くことができませんでした。
今日はそんな"take1の方の"天橋立旅行についてお話ししようと思います。
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それは8/14〜8/16までの2泊3日の予定でした。お互いに仕事で夏の長期休暇が取れず「せめて3連休は作ろう!」と、一緒に翌月曜を有給にして計画した夏の大イベント......になるはずでした。
初日に天橋立を観光して1泊。2日目は天橋立を出発し、福知山で福知山城の御城印をゲットしつつ、兵庫県の竹田まで移動して1泊。3日目は早朝に竹田城の雲海を鑑賞した後、姫路に下りてきて姫路城の御城印をゲット。そして、東京に帰宅。
「天橋立に行きたい!」
「竹田城の雲海を観たい!」
「御城印を集めたい!」
そんな要求を無理矢理詰め込んだような行程でした。普段は比較的ゆとりのある行程の旅行をするのに、今回は短い夏休みでやりたいことを沢山こなすべく、あれもこれもと詰め込んでしまったのです。
ですから、旅行前はいつも以上に心配なことが出てきました。「ここの乗り換えが上手くいかないとまずいね」とか、「ここのレストラン混んでたら、ここ回る時間あるかな」とか。私たちは天橋立の『るるぶ』を隅々まで読み込みながら、当日なるべくミスが起きないよう、入念な下調べをしてその日を待っていました。
しかし、そんな予習など全く必要なかったのです。私たちはその段階に至る遥か手前、初日の乗換駅の京都までしか辿りつけませんでしたから。
皆さんは去年の8月14日のこと、覚えていますか?
そう。九州北部豪雨の週末です。
九州の北部ではわずか1週間の間に、年間降水量の半分が降ったそうです。
皆さんの言いたいことはわかります。何でそんな時に旅行など行ったのか、と。全くもっておっしゃる通り。弁明の余地はありません。しかし今になって、何故そんな決断をしたのかと振り返ってみますと、そこには2つの要因があったように思えます。
1つ目は、自分たちは晴れ男だという過信です。"月に35日雨が降る"と言われる屋久島旅行で全日快晴という天気に恵まれたことを筆頭に、事前情報で天気が崩れると言われていた旅行も、私たちが行くタイミングではたまたま天気が回復するという経験が何度もありました。「俺たちは持ってる!」。そんな根拠のない過信がお互いの中にあったのだと思います。それが一つ目の要因。
そしてもう一つは、事前に見た天気予報です。
別に私たちがフェイクニュースを見ていたわけではありません。豪雨の影響を正しく伝え、常識的な人であれば旅行を断念させるに十分な判断材料だったと思います。しかしそれが、私たちにとっては全く反対の方向へ作用してしまった。なぜか?
私たちが着目したのは「色」だったからです。降水量予想図の「色」。
九州北部が豪雨を示す真っ赤な色で塗られる一方で、私たちの目的地の天橋立、つまり京都北部は薄い水色で塗られていました。「京都の北の方は"薄い水色"だね」と私の何気なく言った一言が「じゃあ大丈夫じゃん?」という恋人の根拠のない一言に増幅されると、気象予報士の「鉄道は運休やダイヤの乱れが想定されます。十分にお気をつけください」という言葉もかき消されてしまいました。そして、何の迷いもなく私たちは旅行を決行することにしたのです。
旅行当日。東京を出て名古屋を過ぎるあたりまでは、雨は降っていなかったと思います。しかし間もなく雨が降り出しそうな空模様。その時の私は「何とか天気もってくれ」と、傲慢にも雨さえ降らないかもしれないと思っていました。
当然そんなことはなく、名古屋を過ぎて滋賀に入ったあたりから、新幹線の窓を雨粒が流れるようになりました。京都に着く頃には、"薄い水色"というよりは"濃い青"ぐらいはありそうな強さの雨になっていたと思います。それでも私は「自分たちが向かうのは京都の北部。きっとこれからあの"薄い水色"のエリアに抜けていくのだ」と希望は捨てていませんでした。
そんなことよりも、新幹線から『はしだて1号』への乗り換えが上手く行くかどうかで頭がいっぱいでした。はしだて1号の発車する30・31番線のホームまでの乗り換えルートは、私の事前の予習で全く理解のできなかった懸念点の1つだったからです。しかも乗換時間は10分程度しかありません。
何故大きな駅の構内図ってこんなに分かりにくいんでしょう。これなんかエッシャーの描く無限回廊のように、いつまでも階段を上り下りできそうです。
しかし駅の構内に降りてみると、ネットで見つけた難解な構内図とは打って変わって、天井からは親切過ぎるくらいの標示がぶら下がっており、矢印に沿って進むだけで無事に30・31番線に降りる階段を見つけることができました。腕時計を確認すると8時半です。
階段を下りる直前、私は頭上の電光掲示板を確認しました。
08:38発 はしだて1号 福知山行き
はしだて1号はしっかり表示されていました。時間もまだ5分以上あります。乗り換えは上手く行ったな、と心に余裕が生まれました。と同時に、たった今自分が見た光景の中の違和感に気がつきました。
「......ん?"福知山"行き?」
福知山は天橋立に向かう途中の停車駅です。その途中の駅が表示されているのはどういうことだろう。私はその違和感を頭の中で消化できないまま、どんどん先へ走っていってしまう恋人を追いかけました。
ホームに辿り着くと、目的のはしだて1号がしっかり停車しているのが見えました。そして何故か、列車の前にはホワイトボードが置かれていました。そのホワイトボードの前で何かを言いたそうな恋人がこちらを振り返っています。そして私はその報告を受けました。
「ねぇこれ天橋立まで行かないみたい」
天橋立まで行かない?"はしだて"1号なのに?
未だ情報を消化できない私に代わって、場内アナウンスが状況を明確に整理してくれました。
「8時38分発『はしだて1号』は、本日大雨の影響により福知山止まりとなります。ご利用のお客さまにはご迷惑をおかけし大変申し訳ございません」
はしだて1号は福知山で止まる。天橋立には行かない。だから私たちも天橋立には行けない。
ようやく自分たちの置かれた状況を理解すると、数日前に聞いた「鉄道も運休やダイヤの乱れが想定されます。十分にお気をつけください」という言葉が急に頭に入ってきました。
そして頭の中のモヤモヤが取り払われたのもつかの間、私たちは1つの決断を迫られていました。
目の前に止まるこの『はしだて1号』....もとい『ふくちやま1号』に乗るべきなのか、乗らざるべきなのか。
電車の発車まではあと3分を切っていました。
(つづく)