迎春記

しがないゲイの日常

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自己愛と承認欲との66日間戦争

10月に入り、会社の体制変更があった。いつもはグループの名前が変わる程度の形式的な変更であることが多いのだが、今回の体制変更はこれまでで1番と言っていいくらいガラリと変わり、久しぶりに上司も新しい人になった。直属の上司の人柄や能力というのは、仕事のモチベーションに大きく関わる。気になるところではあるが、まだ日が浅い現段階では何とも言えない。

ただ、1つだけガラリと変わったことがある。

「勤怠管理」である。

前の上司は、良く言えば部下の管理力を信じて何でも任せてくれる人、悪く言えば放任する人だった。おかげで、グループメンバーの勤怠状況は杜撰で、メンバー全員がフレックス勤務であることを良いことに、定時に出勤しても誰もいない、これは誇張表現でも何でもなく、朝は本当に1人も来ていないのだ。

別に前上司を非難するつもりは全く無いし、その資格も無い。なんならその放任さに一番甘えていたのは自分だと思っている。会社に行くのが辛くて、朝起きられなくなった時期。辛かったら無理して起きて来なくても良いと、まるで不登校少年かのように接してくれた前上司のおかげで、無事に精神面を持ち直すことができたことは疑いの余地もない。

しかし、節度というものを知らない私の出勤時間は、みるみるうちに遅くなっていき、最近では昼を跨ぐことも珍しくなくなっていた。つくづく自分を甘やかす自己愛が強い性格だと思う。

そんな中、新しい上司は最初のグループ会議にて、勤怠管理のルールを次のように設定した。

「原則、定時(9時)に出社すること」

実に当たり前のルールであるのだが、午後出社率が50%を超えている私にとっては、チャレンジングな目標とさえ思えるルールだ。勝算があるとすれば、己の承認欲である。昔からどんなに大変なことでも、それがルールであると言われればしっかりと守ろうとしてきた。ルールをしっかり守り、教師や親から承認されることで、承認欲求が満たされる。この感覚に自分は人並み以上に喜びを感じるのだということを、私は知っている。だから今回の勤怠管理方針の変更は、自己愛と承認欲との戦いなのである。「フレックス制なんだから少しくらい遅く行ったっていいじゃん」という自己愛の悪魔。それに立ち向かうは、ルールをしっかり守り、自己管理ができる部下だと認められようとする承認欲の天使。

メンタリストDaigoによれば、何か新しい習慣を身につけようとする時、それに必要な継続期間は66日らしい。戦いはまだ始まったばかりである。