迎春記

しがないゲイの日常

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『他者という病』の感想【中村うさぎ】

こんなエッセイ、他にない(笑)

他者という病 (新潮文庫)

他者という病 (新潮文庫)

 

 

2013年。スティッフパーソン症候群の疑いで入院した中村うさぎは、入院中に突然心肺停止する。心肺停止を広義に「死」と捉えれば、文字通り中村うさぎは1度死んだのである。その後、奇跡的に息を吹き返したうさぎは、“脳に作用して人格を変える副作用がある”と言われる薬、「ホリゾン」による投薬治療に入る。

本書は、ホリゾン投薬中に人格が変わり自分が自分で無くなっていく体験を記録したものである。さらに、その記録に客観性を持たせるため(本当に人格が変わってしまったら、変わったことに対する自覚もないはずであるため)、快復した後日、「ああ、この時の私は明らかにおかしいな」と気づいた点を「うさぎ回想録」として、各章の最後に綴っている。

臨死体験をし、人格を変える副作用のある投薬治療を行った作家。こんな作家、中村うさぎの他にいるだろうか(もしかしたらいるかも)。最初に「こんなエッセイ他にない」と言ったのは、本書のこうした稀有な執筆経緯にある。

本書を通じて強く感じるのは、中村うさぎの「言葉」への尋常でないプロ意識だ。臨死体験をし、人格が変わる恐れのある投薬治療をしなければならないという過酷な現実を前にしても、“これを書けば貴重なルポタージュになる”と雑誌への連載を決意している点からそれは伺える。また、退院後の「5時に夢中!」降板騒動のエピソードを読むと、その姿勢はよりはっきりとしてくる。番組スタッフや出演者の間で、謂れのないセックスワーカーへの差別発言の噂が立っていることを知ったうさぎは、その噂の出所をはっきりさせるために奔走する。

しかし、それが無理だと分かったとき、自分の経済的な支柱であったその番組すらも降板してしまうのだ。これまで番組や著書でセックスワーカーの擁護発言をしてきたうさぎ。そんな自分が裏では彼女たちへ差別発言をしてるとなっては、これまで発信してきた言葉に一切の説得力がなくなる(本書では言葉の命が消える、と言っている)。うさぎにとってそれは、決して我慢できないことであった。

例え除け者になったとしても、自分の言葉に関しては決して譲らない。そんな尖ったプロ意識を持っているうさぎであるが、献身的に介護してくれる夫に関しては、柔らかな印象を持つエピソードが多い。

しかも、その夫がゲイであるというのだから驚きだ(有名な話?)。一般的な異性愛者同士の結婚とは違う形で、家族を築いたうさぎは、自分の家族についての考え方を次のようのに述べている。

家族とは、単に一緒に暮らすとか、誰かを養うとか、そういう問題じゃないんだよ。最期の瞬間まで、互いの生死を共にしようと思える相手なのだ。

ゲイが自分のパートナーを家族と考える時の考え方に近いのかもしれない。そんなパートナーを見つけることができたうさぎに、どこか羨ましさにも似た気持ちを抱いてしまった。