迎春記

― しがないゲイの日常 ―

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第2回「日記祭」に行ってきた

10月中旬、私の中で日記書きたい熱が再燃した。

人生は一度きり。だから毎日がただのルーティン化して過ぎ去るなんてもったいない。そんな思いから始まり、はてなブログ上での日記を再開するに至った。毎日の出来事を文章化するというのは、一日の終わりにその日をラッピングしているような丁寧さがあって良い。きっと日々を丁寧に暮らすきっかけになるはず。ちょっと手間だけれど毎日30分くらい日記をつける時間を作ってみよう。だって人生は一度きり。

......と気概はたいへん素晴らしいものだったのだが、約2か月が経ち、案の定お休み状態となっている。年末に向かってしわ寄せがいく仕事を、残業という名のパワープレイで片付ける平日の5日間。残った土日には忘年会等のイベントでカレンダーが埋まっていく。私のカレンダーがテトリスなら、きれいにラインが消えているところだ。ラッピングしている暇なんてなかった。まず睡眠時間をくれ。しかし今日はそんな私に、10月の初心を思い出させるイベントがあり、約10年ぶりに下北沢に行ってきた。

 

日記屋 月日さん主催の「日記祭」である。

tsukihi.stores.jp

 

最初に日記祭の存在を知ったのは、週刊はてなブログのこの特集だった。

blog.hatenablog.com

「日記ブログを募集します」の文字に目を引かれた。企画としては、はてなブログの中から日記の記事を募集して、それをアンソロジー形式の「はてなブログの日記本」として制作するというもの。制作した日記本は「日記祭」当日に先着順に配布される。無料。

 

なんだこの企画。参加したすぎるぞ。

 

私は日記に少し思い入れがある。自分のセクシャリティが他人とは違うのだと気が付いた学生時代、「同じセクシャリティの人と繋がりたいけど、インターネットで知り合った人と会うのは怖い」と躊躇した結果、まず半歩踏み出したのが日記ブログの世界だった。そこで知ったのは、世の中には自分と同じように悩む人たちが沢山いるということ。ブログを読み歩いて集めた共感は、ずっと一人で悩んでいた私を勇気づけてくれた。

そして同じ人が書く日常の日記も、同じくらい私を勇気づけた。休日に恋人と映画を観に行って、その後でご飯を食べに行く。そんな普通の日常を自分と同じセクシャリティの人が送っている。セクシャリティを必死に隠しながら一人で生きていかなければいけないと思っていた私にとって、それは衝撃だった。今思えば、その衝撃がいつしか興味に変わり、リアルな出会いへの次の一歩を後押ししてくれたのだと思う。

日記の持つそういう魅力と影響力を知っているから、自然と自分自身もブログで日記を書き始めた。いくつかのブログサービスを経て、いまここに「迎春記」というブログがある。気づけば開設後3年が経ち、それなりに思い入れがある場所になった。

 

そんな自分のブログ記事が本に載るかもしれないなんて。

 

急いで自分のブログを見返し、応募のレギュレーションに合いそうな記事を探した。いくつか候補を上げて吟味しなければ。と思ったのだが、2022年度中に書かれた記事、かつ上限1,500文字、画像は掲載不可、の時点で候補は1つに絞られてしまった。

www.geishunki.com

んー......中々パンチのないやつが出てきたなあ。私が歯の詰め物を詰め直した記事など、果たして何が面白いのだろうか。とは言え無い袖は振れない。どうにかそれっぽい記事にリライトして応募した。

 

すると、まさか本当に掲載されることになった。

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マジかよ!!

 

集められたブログは、時系列に並べられ、まるで一冊の日記のようになっていた。目次を見て、全く知らない人たちと一冊の本が出来上がったという事実に改めて感動する。しかし、頭から読み進めてみると、自分の記事に差し掛かったときに急に気恥ずかしくなった。他の方の日記の自然体な文章と比較して、自分の文章は何だか気取っているのだ。頑張ったあのリライト、やっぱりしなくてよかった。表紙に「たくさんの何気ない日常を集めました」とあるのに、一つだけ何気ない日常を装った気取った日常が混じっている。どうか、読んだ方に見破られませんように。

 

今日この日記祭に来たのは、この日記本をもらうためである。でもせっかく来たのだからと、何周か出店エリアを徘徊して、そのあとで日記祭を主催している「日記屋 月日」さんに立ち寄った。コーヒーも出していて、店内は良い香りがした。

日記帳のような壁面がセンス良い

2階への階段下のスペースに、個人作成の日記本が沢山並んでいる。どの本も装丁が個性的だった。気になった本を手当たりしだい手に取り、冒頭数日間の日記を読む。そして一番気になった1冊を購入した。

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柿内正午さんの「あまり読めない日々」。まだ触りしか読んでいないが、日々読んでいる本について、その日読み進めた部分への所感をあれこれ書いているようだ。最初の日記はマルクスの『資本論』を読み始める日のことが書かれていた。

『資本論』では無いが、私も難しい本を読破したいという憧れから世界的名著を手に取るときがある。そしていつも挫折してきた。つまり数行読むごとに「何言ってんだこいつ」といった具合である。最近は文学作品ならとドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読み始めているのだが、それでも中巻の途中で行き詰まり、大久保佳代子の最新エッセイ『まるごとバナナが、食べられない』に脱線してしまった。おかげでドストエフスキーに傷つけられた自尊心がすっかり癒されている。佳代子ありがとう。

とはいえ世界的名著への憧れが消えたわけでは無い。だから「カラ兄」復帰への手がかりとしてこの日記を読んでみて、柿内さんがこの後どうやってマルクスの『資本論』を読み進めていくのか追ってみたいと思う。......あぁまた脱線していくなあ。