迎春記

しがないゲイの日常

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ヘアーディレクターは恐ろしい

周りに与える印象の中で、「見た目」が占める割合は非常に大きい。そんな事実が取り上げられるのをたまに見かける。

調べてみると『人は見た目が9割』なんて本も出版されているらしい。その真意を定量的に説明するのは難しいが、私の肌感覚から言えば概ね間違ってはいないだろう。

では、そんな"見た目情報"の中で、最も支配的な部分はどこだろうか。

私は「髪型」だと思っている。

例えば、遠くから誰かが近づいてくる場面。まず認識できるのはその人の輪郭である。それをもって、イケメンかそうではないか、美人かそうではないかという無意識のフィルタリング作業が実施されるのだ。そして、この輪郭を決定づけるのが髪型である。フィルタに引っかかるために、髪型は決して蔑ろにできない。

そういう訳だから、その髪型を自由自在に操る「美容師」という職業は、本当に人に夢を与える素晴らしい職業だと思う。

ここで私の髪型の基本情報について述べておく。

一言で言えば「剛毛くせ毛タイプ」である。髪の毛が非常に硬質で、かつウネウネとうねっているのだ。さらにどんな整髪料も無効化してしまうことから、ポケモンで言えば得意属性の多い「はがねタイプ」に相当するタイプだと思ってくれていい。

これは非常に厄介なタイプで、いったん寝ぐせが付いてしまうと、全く言う事を聞かない。しかもあまりに硬いものだから手ぐしをしたときに、爪と指の間に毛が"刺さる"こともあって、非常に痛い思いをする。

ポケモンにハマっていた子供の頃、ジムバッジを持ってないのに通信でもらったLv.70のミュウツーを使用したところ、戦闘中に「ミュウツーはいうことをきかない!わけもわからず自分をこうげきした!」なんていって、一定確率で自傷行為をするのを見て「言うことを聞かないからって自分を傷つけるなんておかしい!」と憤慨していたのだが、言うことを聞かない私の髪の毛は、それから何度も私を傷つけた。

学生時代はこの髪の毛に由来するあだ名を散々つけられた。パーマだとか、チリチリ、たわし、スチールウール等々。改めて言うまでもないが、そのほとんどが、というか全てが馬鹿にしたようなあだ名である。気持ち良くはない。そんなあだ名を泣く泣く受け入れていたのは、小さい頃から人見知りであった僕にとって、そうやって髪型をいじってもらうことが、集団の中に自分の居場所を確保する唯一の手段であったからである。悲しい。

ところが社会人になると、"私心の中で「お前の髪の毛たわしじゃね?」って思ってまーすプークスクス"って顔をしていながら、みんな決していじってこない。集団の中に居場所を確保する能力を失った私の髪型は、直ちにただのたわしと化した。

さらに、ゲイデビューをしてからは、頭の上にたわしを生やした私の画像はひどく評判が悪かった。中には「何か逆にかわいい」と言ってくださる優しい殿方もいらっしゃったが、申し訳ない。"逆に"は余計である。

そうして、これは流石に「どげんかせんといかん!」と思い、緊急の対策会議が開かれたわけだが、美的センスが壊滅的であり、かつズボラな自分に合う対策と言えば、とりあえずめっちゃ短くする!ぐらいしか思い当たらず現在に至っている。しかし、この「めっちゃ短くする!」という一見単純明快な対策もまた、意外と手間がかかるものだった。

突然だが、皆さんは化学の世界において『ルシャトリエの原理』という原理があるのをご存じだろうか。

平衡状態にある反応系において、状態変数(温度とか圧力とか)を変化させると、その変化を相殺する方向へ平衡は移動するという原理である。すなわち、反応が収まっている化学反応系の反応温度を上げると、反応熱を吸収して反応温度を下げる方向へ平衡状態が移動するのだ。

どうやらこの自然界の法則は私の髪の毛にも適用されるらしく、短く刈り込んだ私の髪の毛は、その変化を相殺するように尋常じゃないスピードで伸び始める。つまり、髪の毛を短い状態にキープしておくには、それ相応の頻度で美容院へ通わなければならなかった。そのため、薄給の私にとって美容院は"質より量"ならぬ"質より回数"。とりあえず安いところを探さなければならないことがここに確定した。

ところが、ちょっとはオシャレしてる実感も欲しいという謎のプライドがあって、1000円カットは絶対に嫌だと思っており(1000円カットに関係する皆様申し訳ありません。何かたわしが変なこと言ってるなーと思ってお目こぼしいただきたい)、お財布事情が厳しい中で一般的な美容院で髪を切ることにしている。

そうやって、現在の私の収入とルシャトリエの原理から算出された美容院予算案は現在「1か月に1度、かつ1回当たり3000円以内」と決まった。

さて、最近の髪事情と言えば、仕事が忙しくなり、前回ソフトモヒカンにしてから、実に1か月半以上が経ってしまった。顔の輪郭は、いよいよ大きな玉ねぎのようになっている。街中ですれ違う人が「あれ実写版ちびまる子ちゃんの『永沢君』役の人かな?」という顔をし始めたように見える。由々しき事態である。

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『永沢君』役の私

これは今すぐ切らねばと思い、今朝2750円で切ってくれる行きつけの美容院に慌てて予約を入れようとしたのだが、残念ながら予約がいっぱいだった。

でも、来週は4連休で友人とキャンプに行くことになっている。このままでは巨大玉ねぎと勘違いされた私の頭が、肉と一緒にバーベキューされる恐れがあるではないか。事態は一刻を争う。タイミングは今日しかない。

仕方なく、新規で予算内に収まる美容院を探して予約を入れた。カット2500円。予算も問題ない。こういう緊急事態においても、膨大な候補から条件を設定し予約を入れられるHotpepper beauty。なんて優秀なんでしょう。

Hotpepper beautyで初めての美容院の予約をするとき、私には必ず設定する一つの項目がある。

それは「接客へのご要望」という項目である。

この項目では、プルダウンメニューから"なるべく楽しく話したい"か"なるべく静かに過ごしたい"が選べるようになっている。

元キモキモオタク理系大学生であった私が、オシャレなキラキラ美容師さんと雑談するというのは、例え30分程度とはいえかなり体力のいる作業である。できることなら静かに雑誌を読ませてほしい。

そういう訳で、私はこの「接客へのご要望」を必ず"なるべく静かに過ごしたい"に設定して予約を入れる。こんな言いにくいことをネット上でワンクリックで済ませられるなんて、ホントHotpepper beautyって、私の気持ち、良くわかってる。好き。

15時。予定通り予約していた美容院に到着する。

スラリとした長身で長髪にパーマをあてた「あーこの人絶対ゲイじゃないだろうな」という見た目をした男性が受付をしてくれた(以下、『絶対ゲイじゃないです男(お)』と呼称)。

その絶対ゲイじゃないです男は「今日ご担当させて頂くスタイリストなんですけれども、経験年数に応じて3段階でランク付けをしておりまして、初めての方にはこの「ヘアディレクター」のスタイリストをおススメしております」と言った。

指を差したパネルにはこう記されている。

『ヘアーディレクター:+¥1,100』

......ん?なんだこれ指名料?

いきなり私の予算をオーバーする指名料を勧めてきたことに一瞬言葉を失ってしまったが、小心者でコミュ障の私の口からは、迷うよりも先に「......じゃそれで」という言葉が飛び出していた。

私のバカバカ!たわしのカットに天下のヘアーディレクター様を指名するなんて、何て厚顔無恥なの!アンタ一体何年そのたわしを頭に乗せ続けてきたのよ!いい加減目覚めなさい?いい?あんたの頭の上のたわしはね、たわしなの。どんなやり手ディレクターの手にかかっても、せいぜい100均のたわしが、高級亀の子たわしぐらいにしかならないの。たわしなの(2回目)。今すぐそんな身の程知らずな指名は取り消しなさい!この美容院だって、このコロナ禍の中、必死に営業してるのよ!無駄なリソースを使わせないで!

そんな私の心の叫びも空しく、バーコードリーダーのような検温器で手際よく平熱であることが確認されると、あっさり鏡の前に座らされてしまった。そして間もなく、ヘアーディレクター様がおいで遊ばせた。

ヘアーディレクター様は明るい色のロングヘアの女性であった。

「今日はどんな感じにします?ニッコリ」

「...え、えっとーサイドは刈り上げてもらってぇーグヘヘ、トップはこのまま伸ばしたいので軽くすくぐらいで...グヘヘ」

「はい!了解でーす!キラキラ」

す、すごい。私のたどたどしく気持ちの悪い説明1回でもうイメージが固まっている。さすがヘアーディレクター様。経験が、、違うっ!

ヘアーディレクター様のその快活で自信に満ち溢れた声にすっかり安心し、ここから先はネットで指定した通り"なるべく静かに過ごせる"はずだから、ゆっくりと雑誌でも読んでいようと思い、鏡の前に設置されていた雑誌が読めるタブレット端末に手を伸ばした。

すると同時に、トリマーで私のサイドをお刈りになり始めたヘアーディレクター様がのたまった。

「この夏は夏らしいことできましたかー?ニッコリ」

......ん?あれ。もしかして今私話しかけられた?

"なるべく静かに過ごしたい"の選択肢=カット中は雑談をせず黙々と切ってくれるものだと解釈していたが、この美容院に関しては違う意味なのだろうか。だとすれば、あの選択肢は何を確認するためのものだったのだろう。「なるべく楽しく話したい」と「なるべく静かに過ごしたい」の二択。もしやこれは、コミュ障か非コミュ障かのデータを取るための二択か?......いやいや。そんなデータ、美容院の経営の上で何の役に立つんだ。

「え、え、えっとーグヘヘヘ山登りに、い、行きましたグヘヘ」

予定外のヘアーディレクター様のお言葉に、不意を突かれた私は何とか答える。この時点で、私のライフポイントは2000ポイント削られた。

「へぇー。海よりも山派なんですかー?」

えちょっと待って。めっちゃ掘り下げてくるやん。

ねぇねぇ私のあの選択肢みてくれたぁー?別の意味だったのかなぁー?だったらそれなりの心の準備できたのにぃー。えなにこれ、あえて油断させて私の素のコミュニケーション能力を試されてる?え試験?もしかして、この鏡はマジックミラーになっていて、その後ろで会社の上司たちが評価してたりするの?やめて。ボーナスの額下がるから。絶対下がるから!

色々な可能性にパニックになりながら、とにかく相手の質問を手短な反応でかわし、気まずい雰囲気にならずに会話を終息させることに徹した。

しかし、ヘアーディレクター様のコミュニケーション力は大変すばらしく、私のサイドが刈り上げられる10分足らずの間に、

・ヘアーディレクター様は普段は山登りなんて全くしないこと

・でも、地元は北海道で小学5年生の頃に近くの山登りに登ったこと

・北海道の山の水はキタキツネの糞便に含まれる寄生虫により汚染されており、エキノコックス症の恐れがあるから決して飲んではいけないこと

・実家のお墓が山の上にあり、冬は雪が積もってお墓まいりができないこと

などをすっかりインプットさせられてしまっていた。

未だかつて私は登山が趣味でない人と、山の話でこんなに会話が続いたことはあっただろうか。いや、ない。そもそも何だよエキノコックスって。新種のポケモン?あー自分も初対面で趣味の合わない人ともこんだけ話ができるくらいのコミュニケーション能力が欲しかったな、などということぼんやりと思った。

ライフポイントをじわじわと削るサイドの刈り上げタイムが終了し、ヘアーディレクター様は私のトップのボリュームを減らす作業に取り掛かった。

私のはがねタイプのゴワゴワの髪の毛が、経験豊富な神聖なヘアーディレクター様のお手を傷付けてしまうのではないかと心配していると、ヘアーディレクター様がのたまった。

「お客さんの髪の生え方、すごいわんぱくですねぇ」

......ん?あれ、私いま軽くディスられなかった?ん?「お客さんの髪の毛、たわしみたいですね」って聞こえたけど気のせい?わんぱく?それ髪の毛を形容する形容詞だっけ?ん?どいうこと?わかんない。私全然わかんない。

私の頭の上には即座にクエスチョンマークが10個くらい出現したが、ヘアーディレクター様はそのクエスチョンマーク達を一つ一つ手際よく払いのけるようにして私の髪の毛をあっちへこっちへとなびかせた。

そして、んー.......と考え込み始めた。どうしたのだろう。

......そうか!

きっとこの扱いづらい髪の毛の生え方をどうすれば攻略できるだろうと考えているのだ。なんて高尚なお姿なのだろう。次期首相には国立西洋美術館のオーギュスト・ロダン作「考える人」の像を、直ちにこのヘアーディレクター様に置き換えることをマニフェストにしていただきたい。支持します。

それにしても、私のカットの要望をコンマ数秒で理解したヘアーディレクター様をこんなに悩ますなんて、恐るべし私の髪の毛!でも知りたい!私も言うことを聞かない自分の髪の毛の攻略法を知りたい!

そんな思いから、私はヘアーディレクター様と対峙してから初めて、その会話の先を促した。

「そうなんですよ。だから髪の毛が伸びてくると、どう整えたらいいかわからなくって」

(しばし沈黙)

「ですよね」

違う違う違う違う。ですよねじゃなくって。こ・う・り・ゃ・く・ほ・う!!やめて白旗とか上げないで。さっきまでエキノコックス症とか難しい話してじゃん!たった4文字で会話切らないで!ヘアーディレクターじゃないの?私のヘアーをディレクトしてぇぇぇええああqwせdrftgyふじこlp;@:

もはや言葉になっていない私の心の叫びはまたしても届かず「じゃこれで一回流していきますねぇ」とシャンプー台へと連れていかれた。もういい。もうひと思いに坊主にしてくれと思った。私のライフポイントに5000ポイントのダメージ。

シャンプーが終わり、鏡の前で再びヘアーディレクター様と対峙する私。

「じゃマッサージしていきますね」

......そうだ!

この時間があることをすっかり忘れていた。これでようやく一息つける。自分の想定外の出来事があまりに起こりすぎていて、私の心は既にひんし状態であったが、その傷もマッサージで癒されるはずだ。あの両手を組んで肩をパタパタと叩くやつ早くやって欲しい。

ヘアーディレクター様に散々かき乱された私であったが、これから経験豊富なマッサージが始まるとなると、なんだか全ては過ぎ去ったことの様に思えた。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはこのこと。そう思いながら目を閉じr......と思ったら、すかさずヘアーディレクター様が「あれお客さん......」と話しかけてきた。

え嘘でしょ。マッサージ中も雑談するの?またエキノコックスの話?それとも何?エノキの話?マッサージ中とか、例え予約の時に「なるべく楽しく話したい」の選択肢を選んでも、静かにくつろげる時間帯じゃないの?はいはいもう無理無理。私のライフポイントはもう0でーす。はい死んできまーす。もうここには一生来ませー......

「すごい筋肉ですねー」

来ます。一生リピートします。さっそく今日、次の予約入れてから帰ります。

え何もしかして、今までさんざん会話してきたのって、この台詞が唐突にならないようにするための長い長い前振りだったの?このヘアーディレクター、たった数十分で私が"筋肉ほめてほめて病"を罹患していることに気が付くなんて......。なんて恐ろしい子!!

急に持ち上げられたことで、今までのことが全て帳消しになり、ライフポイントが大幅に回復したことを感じた。すっかり気を良くした私は、会計で完全に予算オーバーな額を提示されたことにも全くひるまなかった(気を良くして最後に眉カットもしてもらっちゃいましたテヘペロ)。

ふと横を見ると、会計カウンターの横のガラス扉には、大きな玉ねぎでなく、ちょっと今風になった私が映っている。

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ちょっと今風の私

あれ。私ちょっとイケてるやん。

そして気付いた。あぁ私は美容院でなるべく静かに過ごしたかったのではない。ただマッサージの時に筋肉を褒められたかったんだなぁと。

明日、久々にジムに行こうかな。

 

(おわり)