※ほんの少しネタバレが含まれますので、ご注意。
今日は乙一さんの小説、『シライサン』のご紹介。
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本書の主人公は大学生の『瑞紀』。大学の友人の『香奈』に「温泉旅行のお土産を渡したいから」と誘われ、喫茶店に来ていた。
すると突然、香奈が窓の外に向かって「あそこに…」と怯え始めたかと思うと、その直後に瑞紀の目の前で死んだ。眼球が破裂するという、突然死にしては考えられないような死に方だった。
数日後、そんな瑞紀のもとに『春男』という男が訪ねて来る。本作のもう一人の主人公だ。
「香奈さんのことについて話を聞きたくて」
香奈が死んだこと、その場に瑞紀がいたこと、そしてその死に方が異様だったことは、すでに大学で噂になり始めていた。
何だ"野次馬"か。
ところが、春男は違った。
春男は、温泉旅行に香奈と一緒に行ったバイト先の友人『和人』の兄だった。
そして、和人もまた数日前に亡くなったという。香奈と同じように、眼球を破裂させて。
数日の間に同じ温泉旅行に行った2人が、眼球を破裂させるという異様な死に方をする。
とても偶然の一致とは考えられなかった。
2人の死因はどちらも「心不全」と診断されたが、その結果に不信感のあった瑞紀と春男は、2人がいった温泉旅行で何があったのかを探り始める。
すると、香奈と和人が旅先で"ある怪談話"を聞いたということがわかった。
"シライサン"にまつわる怪談話を。
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『リング』に出てくる"呪いのビデオ"然り、何かをトリガーにして不可解な現象が起き始めるというのは、ホラー小説としては、典型的な起承転結の「起」だ。
本作『シライサン』にあたるトリガーは、シライサンにまつわる怪談話。この怪談話を聞くと、数日後に眼球を破裂させて死ぬ。
この設定を読んで、ある小説を思い出した。
澤村伊智の『ずうのめ人形』だ。
澤村伊智に関しては、『ぼぎわんが、来る』が、大ヒット映画『告白』の監督である中島哲也のもとで映画化されているから、ご存知の方も多いかもしれない(※映画版のタイトルは『来る』)。
このずうのめ人形もまた、「ずうのめ人形」という怪談話を読んだ人が4日後に死ぬという事象が「起」となっていた。
ずうのめ人形において幸いだったのが、この小説は比嘉姉妹という最強の霊媒師が主人公であるということだ。映画『来る』で松たか子が演じた姉・比嘉琴子と小松菜奈が演じた妹・比嘉真琴の2人である。
ずうのめ人形における「起」は、彼女たちにより"除霊"という形で「結」を迎えた。
しかし、これは特殊な例。一般的には怪奇現象に対して、そんな力技で立ち向かっていく主人公は少ない。
この『シライサン』の場合もそうだろう。主人公はただの大学生だ。
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じゃ一般的には、怪奇現象にどう立ち向かってきたか。
過去の例を振り返ってみる。
例えば「口裂け女」。
...あ。
そろそろ「口裂け女って誰?」っていう人もいる時代になってきていそうだから(かく言う僕もギリギリかなぁ)、そんな世代のために概要を説明しておく。
こんな感じだ。
学校帰りの子供に、口元を完全に隠すほどのマスクをした若い女性が「私、キレイ?」と尋ねる。子供が「キレイ」と答えると、「これでも?」と言いながらマスクをはずし、その耳元まで大きく裂ける大きな口で襲ってくる。じゃ「キレイじゃない」と答えれば良いのかというと、その場合は包丁やハサミで斬り殺されるらしい。
んな、理不尽な!
この話が流行った頃(1979年の春から夏にかけて)、僕はまだ生まれていないから、その当時の社会の雰囲気を実際には経験はしてないのだけれど、パトカーの出動騒ぎになったり、学校で集団下校がされたり、模倣犯が出て逮捕者が出たりと、それなりに大きな社会問題だったらしい。
そんな正解のない問答を仕掛けてくる口裂け女に、子供たちはどう立ち向かったのか。
実は、彼女には弱点があった。
それは「ポマード、ポマード、ポマード」という呪文だ(諸説有)。
この呪文を唱えると、口裂け女は怯むらしく、その間に逃げられるというわけ。
一体誰が最初に見出した対処方法なのかは知らないけれど、Wikipediaに掲載されているくらいだから一般的な対処方法として知られていたのだろう。
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通常、怪奇現象にはこうした"救済策"がセットで用意されているものである。
『リング』でも、呪いのビデオをダビングして他の人に見せれば、死ぬことは回避できた。
じゃ『シライサン』の場合はどうか。
それはぜひ本書を読んでいただきたい。
それに。
この僕の読書感想文を読んだあなたも、もしかしたら既にシライサンに呪われているかもしれない。そういった理由からもぜひ本書を読み、その"救済策"をしっかり知っておいた方が、僕は良いと思う。
とても読みやすい本ですよ。
この記事で紹介した本