迎春記

― 手持ち無沙汰なあなたにしがないゲイが小噺を ―

『望郷』の感想と小噺【湊かなえ】

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あー東京に来たんだと感じたのは、初めて「池袋」に行ったときだった。

 

小さい頃から、東京には何度も来ていたはずなのに。

 

サンリオピューロランド、サマーランド、花やしき、としまえん。お台場に行ったのはビーナスフォートができた時、国会議事堂へは中学校の社会科見学で。

 

僕の祖母は厳しい人だったから、泊まりでの旅行は許してもらえなかった。けれど、東京へは日帰りで行ける距離だったから良く連れて行ってもらった記憶がある。

 

僕の地元は東京からそれほど離れていないのだ。

 

テレビのチャンネルも東京と同じ番号が割り当てられている。だからあのCMだって昔からよく見ていた。

 

あの「ビックカメラ」のCM。

 

ふっしぎな、ふっしぎな池袋~♪

東が西武で、西 東武~♪

たーかくそびえるサンシャイン♪

ビーック、ビックビック、ビックカメラ♪

 

でもビックカメラの実物がない地元に住んでいた頃は、その歌詞が意味あるものに聞こえていなかった。"ビックカメラ"と言うワードさえも。頭に残ったのは、そのキャッチーなメロディだけ。

 

 

そんな認識が変わったのは、大学進学と共に東京へ来て、初めて友達と池袋に行ったときだった。

 

僕が大学に入って初めて受けた授業の後のこと。

 

授業で隣り合わせになり、少しだけ話をした韓国人のパクが「この後池袋にラーメン食いに行かない?」と誘ってくれたのだ。

 

なぜ池袋なのかと尋ねたら、パクは高校の時から池袋でよく遊んでいて、おいしいラーメン屋を知っているとのこと。

 

パクは東京人だった。

 

 

池袋駅に着き、ホームから階段を下りていくと、天井からぶら下がる黄色い表示が見えた。

 

「東口に西武線で、西口に東武線だなんてややこしいね」と言った僕を、パクは田舎者だと確信しただろう(後から聞いてみると、授業前に見かけた時から、服装から僕が一番田舎っぽくて話しかけやすかったらしい...)。

 

そんな僕にパクは「えー有名じゃん?ビックカメラのCMで」と言うと、あのCMソングを口ずさみ始めた。

 

"東が西武で、西 東武~♪"

 

あ、あの歌詞そういう意味だったんだ。

 

これまで何度も聞いてきたメロディだったのに、パクが口ずさんだ曲には初めて聞くような新鮮さがあった。そして、この時はメロディよりも歌詞の方がくっきりと頭に入ってきた。

 

 

東口を出ると、目の前には地元を走る一番太い道路の3倍以上はあるだろう「明治通り」が横断し、その道路に沿って色鮮やかな高いビルが、まるで酒屋のカクテルコーナーのようにズラリと並んでいた。 上を見上げると「SEIBU」の大きな文字。

 

明治通りを赤羽方向に眺めていくと、「ビックカメラ」はあった。

 

チカチカしたCMだったから派手な建物とばかり思っていたけど、実物は至ってシンプルだった。白い外装に赤い文字で「ビックカメラ」と書かれているだけ。

 

でも、それを見たときに不思議と感動があった。

 

テレビCMに出てくるような場所へ、ラーメンを食べるついでに来ることができるのか。東京と言う街では。

 

「ついに東京に来たんだなぁ」

 

確かにそう思った。

  

東京にはそれから大学院を卒業するまでの6年間暮らした。

 

 

僕が東京の大学を受けることにしたとき、両親から何も言われなかったのは、東京と地元との間が"帰省"と呼ぶには大げさ過ぎるくらいの距離感であったからだと思う。

 

高校進学のときも、高校2年の文理選択の時も、進路に関してはそれまでほとんど口を出さなかった母親が、大学選びの時は意向らしきことを唯一ボソッと言った。

 

「何かあった時にすぐに駆け付けられる距離にはいて欲しいわよね」

 

関東圏に居ろということだ。

 

まぁ、言われなくてもそのつもりだったんだけど。

 

 

そんな訳で、僕は故郷を離れることにそれほど苦労をしなかったんだけど、湊かなえの『望郷』の主人公たちは、それぞれが複雑な事情から故郷の「白綱島」に留まらなければいけなかったようだ。

 

 

「白綱島」のモデルは湊かなえの故郷・広島県尾道市の「因島」だ。瀬戸内海に浮かぶ、人口3万人に満たない小さな島。

 

『望郷』は、そんな島に住む6人の主人公の短編小説集です。

 

25年前に突然男と駆け落ちして島を出て行った姉が帰ってきた。なぜ帰ってきたのか?そもそもあれは本当に駆け落ちだったのか?長年の疑問を姉にぶつける主人公。そして明かされる真実。イヤミス注意報です。(〈みかんの花〉)

 

主人公が"釣り"と共に思い出すのは「ダミ声のおっさん」との思い出。父親が失踪し、母と2人で苦労して生活していた主人公の世話を焼いてくれたおっさん。その思い出は、後味の悪い出来事と共に幕を閉じたはずだった。しかし、長い年月が経ったある日、主人公の元へ届いた1通の手紙がその思い出の色を変えていく。(〈海の星〉)

 

夢の国『ドリームランド』。ご想像の通り、モデルはディズニーランド。幼い頃から焦がれてきたドリームランドへ、主人公は大人になってようやく訪れることができた。ある大切なものを失って。(〈夢の国〉)

 

ある事件をきっかけに島民から無視され続けることになった主人公の一家。主人公はそんな島を飛び出し、努力して有名な歌手となった。そんな主人公の元へ突然「来月、島に帰ってこられないか?」と同級生から電話がかかってきた。(〈雲の糸〉)

 

1年中穏やかな気候の瀬戸内海の島に珍しく台風が直撃した。徐々に浸水していく主人公の家。そんな状況で、主人公は娘に小学校の頃の思い出を語りだす。ある時から自分のことを無視するようになったクラスメイトの中で、唯一話しかけてくれた「めぐみちゃん」との思い出を。(〈石の十字架〉)

 

白綱島で教師をしている主人公。いじめの加害者の家を訪れ、事情を説明していると「被害者はむしろうちの子じゃない!」と逆に責め立てられた。「親のコネで教師になったような人じゃ、いつかこんなことが起こるんじゃないかと思ってたのよ!」と言うおまけ付きで。亡くなった主人公の父もまた教師だった。そんなある日、主人公の元へ父の教え子が訪れる。(〈光の航路〉)

 

 

"イヤミス"感と"ホッコリ"感がバランスよく収録された短編集だと思います。

 

6作品の中では、日本推理作家協会受賞作の〈海の星〉が特にすごかった。"えっ、そんなところまで伏線だったの...?!"と思うくらい話が作りこまれている。50頁くらいの話なんだけど、読み終わったときに"余りゼロ"、"立つ鳥跡を濁さず"というような言葉が頭に浮かんだ(後者はちょっと意味が違そうけど)。

 

面白いです。

この記事で紹介した本 

望郷 (文春文庫)

望郷 (文春文庫)

  • 作者:湊 かなえ
  • 発売日: 2016/01/04
  • メディア: 文庫