こんばんは、しゅんです。『2週間の恋』の更新です。今回も前置きは無しでいきます。
目次
はじめに:2週間の恋 (1) - 迎春記
第1章 邂逅:2週間の恋 (1) - 迎春記
第2章 予感:2週間の恋 (2) - 迎春記
第3章 再戦:2週間の恋 (3) - 迎春記
第4章 審議:2週間の恋 (4) - 迎春記
第5章 交流:2週間の恋 (5) - 迎春記
第6章 謀略:2週間の恋 (6) - 迎春記
第7章 切札:2週間の恋 (7) - 迎春記
第8章 変化(1):2週間の恋 (8) - 迎春記
第9章 勝敗:2週間の恋 (9) - 迎春記
第10章 暗転:2週間の恋 (10) - 迎春記
第11章 変化(2):2週間の恋 (11) - 迎春記
最終章 帰結:2週間の恋 (12) 終 - 迎春記
エピローグ:2週間の恋 (12) 終 - 迎春記
あとがき:2週間の恋 (12) 終 - 迎春記
今回のお話
第6章 謀略
◎Day -13
カズとヤスと4人で遊んだ翌週も、僕と雅人の毎晩の電話は続きました。やっぱり21時ごろから。
でも流石に僕の質問攻めによって毎回2時間以上の電話になるようなことはなく、話題も少し落ち着いてきていたと思います。
それでも、やっぱり会話のメインスピーカーは雅人。この頃は雅人のその日の仕事であった話を良く聞いていました。
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雅人の「教師」という仕事は本当に大変そうでした。
朝は5時には起きて、車で1時間半かけて通勤し、子供たちの登校の前に授業の準備や事務作業を終わらせる。子供たちが登校すれば、1日授業。休み時間中も宿題の確認、テストの採点、学級便り作り、連絡帳への保護者からのコメントの確認、等々。
研究開発職で仕事もフレックス制であり、平日に飲み会があった翌日は「今日は疲れが取れてないから午後から出社するか」なんて日もある体たらくな僕の仕事の話なんて、とてもじゃないけどできませんでした。
「大変じゃないの?」と素直に聞いてしまう僕に、「子供が好きだからね」とだけ答える雅人。その一言には、自分の仕事に対する"誇り"のようなものが滲み出ていました。
かっこいい。
見た目だけじゃなくて、中身も。
雅人みたいな先生に教えてもらえる子供は幸せだろうなと思いました。きっと勉強だけでなく、その人柄からも沢山のことを学ぶことができるのだから。
◎Day -11
また、雅人は過去の苦労話なんかもしてくれました。
雅人が苦労するのは、子供たちというよりはむしろ、その保護者のようでした。
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例えば、これは運動会での徒競走の時のことだそうです。
徒競走は5人1組でグラウンドを半周するもので、雅人はそのゴール係として、ゴールした子供たちを順位に従って決められた列に誘導していました。
すると、ある組のレース終了直後、一人の保護者がスマホを片手に雅人に詰め寄ってきたそうです。
「どうして、うちの子が2位じゃないんですか?!」
どうやら雅人が3位の列に誘導した子供の保護者のようでした。突きつけられたスマホには、その子のゴールシーンの画像が映っていたそうです。画像からはわずかですが、3位の子の顔が2位の子よりも前に出ているように見えました。
結局、雅人は他の職員と相談して、2位と3位の子を両方とも2位にすることにしたそうです。
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「運動会ってそういうものじゃなくない?順位なんか関係なく、頑張った自分の子供を素直に褒めてあげたらいいのに...」
雅人の言う通りだと思いました。
成長した子供の姿をお披露目するという側面の大きい運動会において、順位にこだわるなんて馬鹿げていると思いました。1位争いだったとしたら気持ちが熱くなるのも何となく理解できなくはないですが、2位と3位の順位争いです。
メダルの色が変わるようなオリンピックじゃあるまいし...
近頃の先生というのはそういう苦労もあるのかと、僕は雅人に同情するのでした。
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そして、雅人の職場での苦労を知るにつれて、僕は毎晩のように雅人に長電話させてしまったことを後悔しました。
きっと疲れていたはずなのに...
僕は雅人のことをもっと知りたいという気持ちに負けて、質問攻めしてしまった自分を恥じました。自分勝手だったと反省しました。
◎Day -10
次の日、19時頃に雅人からLINEがきました。
「ごめん。今日仕事が終わらなくて電話できなそう...」
僕は「全然気にすることはないから、仕事頑張って」とだけ返しました。この時、なぜか少しだけ安心したのを覚えています。
毎晩の電話は楽しみだけれど、雅人の負担にはなって欲しくない。
仕事は、人付き合いの根底にあるものです。これから長い付き合いになっていくのですから、雅人には自分の仕事のことを一番に考えて欲しい、そう思っていました。
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すると、その日。間もなく日を跨ごうかというくらいの時間に、雅人から突然電話がありました。
電話に出ると、いつもは家にいるのか、テレビの音なんかが背後に聞こえているのですが、この時は屋外にいるような雑音の中から雅人の声がしました。
「遅くにごめん。ちょっと、声だけでも聞きたくて」
数分の会話でした。
でもこれまでの電話の中で、一番嬉しいと感じた電話でした。
早く雅人に会いたい!
僕の中でその気持ちが急に膨らみ、僕は翌々日のカズとヤスと一緒に行くアーティが待ち遠しくて仕方なくなりました。
◎Day -8
そして、楽しみにしていた土曜日。
雅人たちは夕方までサークルがあるということで、この日は晩ご飯からの集合となりました。場所は新宿西口にある雅人が好きなモツ鍋店とのこと。
西口のもつ鍋店なんて言っていたので、ひょっとしたらと思っていたのですが、僕も良く行くチェーンのお店でした。店員さんがやたらとフランクで、お店の壁に"神7"なんて言って、各店舗の選りすぐりの美男美女のポスターが掲げられているお店です。
これで何個目になったでしょうか。雅人と共通の好きなものは。また一つ増えたことに少しテンションが上がりました。
そして、そのままの気分で2時間ほど楽しく飲み食いをして、僕らは二丁目のアーティに向かいました。
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アーティに着いたのは21時ごろだったと思います。もう人が結構集まってきていました。
僕はカウンターでピーチウーロンを頼むと(僕はお酒が弱いのでいつも決まってピーチウーロンを飲んでます)、みんなを連れてフロアの奥へ行きました。
フロアの中央にあるステージのさらに奥、そしてDJブースの隣、フロアの一番奥とも言えるスペース。コーナーソファになっていて、足の高い丸テーブルが数個置かれている場所。
そこが僕の"溜まり場"なのです。
僕のクラブ友達は、いつも決まってこのスペースでたむろしています。
この日もいました。『ケイジ』と『ヨウスケ』が。
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ケイジは、僕と同い年で、僕がゲイデビューしたイベントで知り合い、それからずっと仲良くしている僕のゲイ生活の"同志"とも呼べる友達です。
背が高くて、笑顔がデフォルトの顔なんじゃないかってくらいにいつもニコニコしていて、人当りが良く、常に周りにはたくさんの友達がいます。
ヨウスケは、僕の2つ年上のクラブ友達。顔はかっこいいし、話は面白いし、最近はジムも通い出したらしく、会うたびに「ちょっと胸筋触ってみて?すごくない?」と触らせらせてくるようなイイ男。
...なんですが、まだあか抜けていない"ゲイ活初心者"ばかりをターゲットに、ひどい時には1日に3件もリアルを入れ、数多くの子をパラレルに弄ぶ不届きものです。僕は、見た目と話術で次々と純粋な若い子を"毒牙"にかける素行を揶揄して、彼のことを「女郎蜘蛛」と呼んでいます。
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僕は2人に雅人とカズとヤスの3人を紹介しました。そして、雅人がトイレに行ったタイミングで、実は雅人とは良い感じなのだということもこっそりと。
元々、明るくて盛り上げ上手な2人です。この2人がいてクラブを楽しめない日はありませんでした。いつもすぐにその場で新しい友達ができて、行くたびに新しいLINEグループが作成されるほど(まぁ一瞬盛り上がって、すぐに廃れていくグループなんですけどね)。
その2人が僕と雅人のことを知るやいなや、もうわざとらしいくらいに盛り上げてくれました。あれはもうただの面倒な酔っぱらいでした。2人ともお酒はそれほど飲まない奴のはずなのに。
でも嬉しかった。
そんなケイジとヨウスケのおかげで、3人とも楽しんでくれたようでした。そして、みんなケイジとヨウスケと仲良くなってくれました。友達作りが苦手な自分がこうやって友達同士を繋げたのは初めてのことだったかもしれません。
このメンバーで遊びに行ったら楽しいだろうなぁ。春にはお花見をして、夏には海に行ったりなんかして...
たった1時間くらいのことなのに、既に僕らの周りには、そんなことを思わせる一体感が生まれていました。
■
23時を回った頃、カズとヤスが「じゃ、そろそろ俺らは帰るんで、雅人のことはあとよろしくお願いします!」と言って帰っていきました。
あ、もうそんな時間か。
雅人との時間を作ってくれたカズとヤスの気遣いは嬉しかったけれど、"あとはよろしく"と言われても、僕も終電を考えたらあと30分くらいしか残れませんでした。
そういえば雅人はもっと遠いはずだけど大丈夫なんだろうか。
そんなことがふと頭をよぎりつつも、僕は自分の終電ギリギリまで騒いで、そして雅人と一緒に外に出ることにしました。
■
そして、二丁目から駅に向かって歩き始めた時です。
「しゅん」
雅人がポツリと声を掛けてきました。
「実は俺もう終電ないから、今日しゅんの家に行ってもいい?」
え。
この瞬間、僕は自分の犯した大きな過ちに気が付きました。
■
果たしてこの流れはどれだけ事前に予定されたものだったのでしょうか。
単純に雅人がうっかり終電の時間を逃しただけ?
それとも、カズとヤスも雅人も、みんな雅人の終電のことは知っていて、その上で僕がいるならと、カズとヤスは雅人を残して帰り、雅人もまた僕と残ろうと思ったのでしょうか?
"あとはよろしく"...
カズとヤスが言った帰り際のあの一言。
そこに感じた違和感から、僕は後者のような気がしてなりませんでした。
だとしたら、そこには考慮してない重大な事実があります。
僕が住んでいるのは、部外者が入れない「会社の寮」だということです。
■
これは完全に僕の責任でした。
出会ってから約2週間もの間、ほとんど毎日電話をしていたというのに、僕はいつも雅人に聞くばかりで、自分自身の"実質"場所無しという基本的な情報すら、雅人に教えていなかったのです。
俺のせいだ...どうしよう...
■
寮に連れて帰ることも出来ないことはないのです。
もうこの時間だったら、住み込みの管理人も自室に引き込んでいますし、翌朝その目を盗んで雅人を帰してやればいいのでしょう。
...でももしバレてしまったら。
過去に女の子を連れ込んだ先輩が、退寮処分になったという話は噂で聞いていました。
いや、退寮処分なんて別にどうだっていいのです。僕の会社が設立した当初からあるボロボロの集合寮。早く出たいと思っていたくらいでした(家賃と水光熱費がほぼゼロなので、お金の面で留まっていました)。
ですが僕にとっては、女の子を連れ込んで退寮処分になったというエピソードが、その後「長らく語り継がれている」ということが脅威でしかなかったのです。
先輩はまだ良いです。連れ込んだのが「女の子」だったんだから。
僕の寮には女遊びをそれほどして来なかったであろう、生真面目な研究開発職の新入社員が集まっています。そんな寮においては、先輩の退寮エピソードもどこか"武勇伝"の様に語り継がれていたのです。
「あの先輩やるなぁ」って。
でもこれが「男」を連れ込んだケースだとしたら。
僕は何といって語り継がれていくのでしょうか?
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そんなリスクを想像して、僕はいくら雅人とはいえど、どうしても寮に連れ帰る勇気が出ませんでした。
アーティからは、終電から駅までの移動時間を分単位で逆算して、外に出てきています。もう小走りで駅に向かわなければ、僕も終電に間に合わないでしょう。
でも雅人を置いて、一人だけ帰るなんて選択肢はまずありませんでした。
こうして、僕と雅人は夜の新宿で、帰る場所もなく取り残されてしまったのです。
(つづく)
★次回のお話:
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