迎春記

― 手持ち無沙汰なあなたにしがないゲイが小噺を ―

ドラマ『チェルノブイリ』の内容と感想。

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こんばんは。"自称Web小説家"のしゅんと申します。短編小説『2週間の恋』の連載期間中ではありますが、今日は日曜日にAmazonビデオで見たドラマ『チェルノブイリ』の感想を書こうと思います。ちょっとしたショートブレイクです。

 

 

僕は、ブログで感想を書くのは本だけに絞ろうと思っていました。本だけじゃなくて、テレビとか映画とかの感想まで書きだしたら時間が無くなると思っていたからです。

 

でも、このドラマについては色々と考えさせられることが多くて、これはブログに残しておかねばと思い、筆を執った次第であります。

 

内容

 

内容としては、そのタイトル通り1986年4月26日に起きた「チェルノブイリ原子力発電所事故」を題材としたドラマです。約1時間×全5話。

 

事故の発生から事態の収束、原因の究明まで、この事故の全てが描かれています。ドラマというメリットを生かして、映画の尺では描ききれないような細部まで語られている作品だと思います。

 

感想

 

僕は、改めて怖いなと思いました。

 

「原発」が?

 

...いや違います。

 

「人間」がです。

 

 

保身のために誤った情報を報告する現場。"原子炉が爆発するわけがない"と自分たちの常識を疑わない技術者。露出した原子炉を確認してもまだ事故を隠蔽しようとする政府の閣僚達。

 

「人間」というのは、そんな嘘や思い込みによって、簡単に何千万という同じ命を放射能の危険に晒すことができる生き物なのです。

 

 

でも、チェルノブイリから1500km以上も離れたスウェーデンの原発で高線量の放射線物質が検出され、アメリカの衛星が破壊された建屋を確認したことがわかると、政府は事故の発生を認めました。

 

そんな事故発表後の閣僚会議で、当時のゴルバチョフ書記長が最初に何と言ったかわかりますか?

 

会議は10分で終わらせる。その後は電話だ。

これから私は同盟国に謝罪しなければならない。そして敵国にも。

世界に認知された我が国の権威がこの件でどれだけ傷ついたと思う?

ことの重大さが分かるか?

 

 「人間」というのは、"権威"という魔物を前にして、死者4000人、被害者を数十万人以上出すことになる事故の重大さを理解できない生き物なのです。

 

 

しかし、そんな未曾有の事故を収束させたのもまた「人間」でした。

 

放射能を含んだ黒煙が立ち上ぼる原子炉の直上から、消火と核分裂抑制のために砂とホウ素の投下作業を行ったヘリコプター部隊。

 

汚染水の溜まった地下導管の間を進み、圧力抑制プールの中に溜まった水を手動で排水することで、水蒸気爆発を防いだ発電所職員。

 

融解した核燃料による土壌汚染を防ぐため、原子炉直下に熱交換器を設置するトンネルを掘削した炭鉱労働者。

 

「石棺」の建設に先立ち、"1人90秒"という持ち時間の作業で、燃料棒の減速材である黒鉛の瓦礫を撤去した作業員たち。

 

そして、事故の原因究明に当たった科学者。

 

今ほど技術が発達していない冷戦の時代において、この未曾有の事故の収束に貢献したのは、そんな「人間」によるマンパワーでした。

 

 

しかし、言っておかなければならないのが、そんな放射線被ばくを覚悟した多くの「人間」たちの貢献をもってしても、事故はあくまで"収束"したに過ぎないということです。決して"終息"したわけではありません。それは2020年の今現在においても。

 

ゴルバチョフ書記長に、「事故が終息するのはいつなんだ?」と問われた事故処理責任者のヴァレリー・レガソフ博士はこう答えています。

 

プルトニウム239の半減期は2万4000年です。

生きているうちには終わりません。

  

 

この事故の原因は当初運転員の規則違反であるとされていましたが、後の調査によって制御棒の構造的欠陥であることがわかりました。詳細はドラマをご覧ください。

 

最終話で、レガソフ博士が事故の原因について裁判で証言するシーンがあるのですが、これは知識ゼロの僕でも理解できるくらい明解なシーンでした。

 

でも、この映画の目的は「この事故は〇〇のせいだ!」と、改めて非難することではなく、単純にその正しい「事実」を広く知ってもらうことだと思います。

 

 

災害大国である日本。

 

僕らの住むこの国は、未曾有の事故が起こる可能性が世界で一番高い国と言っても過言ではないでしょう。

 

実際、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、"想定外"の高さの津波が福島第一原子力発電所を襲い、全電源系統を失った原子炉建屋が次々と水素爆発しました。

 

この事故は、後に自然災害ではなく人災だったと非難されています[1]。事前に想定外の津波に対する対策を怠ったと考えられたからです。

 

福島第一原子力発電所の設計時に想定していた津波の高さは5.7m、それに対して震災による津波は15mにも達しました[2]。

 

 

でも"想定外"の津波に対する事前の対策なんて、本当にできたのでしょうか?

 

"想定外を想定する"。そんな、言葉自体が矛盾しているような行動を、果たして「人間」が取れるのでしょうか?

 

僕は難しいんじゃないかなと思います。

 

僕らにできるのは、想定外の事故が発生した時に、その被害を最小限にするための行動を取ることだけだと思います。

 

そして被害がより小さくなるような、より"正解"に近い行動を取るためには、過去の事例を学び、その時どのような判断がされ、その判断がどのような結果をもたらしたのか、という「事実」を知ることが必要だと思います。

 

本作『チェルノブイリ』は、そんな貴重な「事実」の1つを知ることができる、僕らが見るべき作品だと思いました。

 

参考

[1]ロイター、「福島原発事故、自然災害でなく「人災」=国会事故調査報告書」

jp.reuters.com

 

[2]日本経済新聞、「福島第1原発を襲った津波、高さ14〜15メートル 想定の3倍」

www.nikkei.com