迎春記

― しがないゲイの小噺 ―

僕がゲイであることを認める日

「自分がゲイであることを認める」。ゲイの方だったらきっとわかると思うんですが、これって本当に大変なことなんです。ゲイの方々と交流を持つようになって8年くらいの時間が経ち、正直な話、結構楽しい毎日を送れているなと感じています。それでもやっぱり、自分がゲイであることを認めているか?と聞かれたら、自信をもって頷くことはできないところがあります。自分は自分がゲイだということを認められているのか。そんな自分の気持ちを確かめるとき、僕は自分にある問いかけをします。

 

「もし、生まれる前に戻って、ゲイかノンケかを選んでやり直せるとしたら、どちらを選ぶか?」

 

どうですか?少し前の僕だったら、絶対「ノンケ」って即答していました。だってそうじゃないですか。アプリなんてめんどくさいものを使わなくても普通に生活していれば、普通に出会いがあって、思春期には友達と恋愛の悩みを相談し、大学生になったら飲みの場でちょっといやらしい話で盛り上がり、結婚式では会社の上司が「君は優秀だ」という趣旨のスピーチをしてくれて、子供が生まれれば一緒に幸せな家庭を築く。そんな僕らができないことを、ノンケなら当たり前のようにできるんです。ゲイを選択する理由なんて1つも思い浮かびませんでした。"ゲイに生まれて良かった"。twitterでそんなツイートを見る度に、そんなのただの強がりで、ゲイを受け入れられない自分にそう言い聞かせたいだけなんだなって思ってました。

しかし、そんな僕が最近ではゲイかノンケかの問いかけを答えるのに、少し迷いが生じるようになりました。それは、ゲイの世界に飛び込んでから、沢山の素敵な人達に会ってしまったからです。ゲイデビューしたその日に出会い、今は一緒にブログを書くようになったけいじ君。恋愛に悩んだときにはいつも相談に乗ってくれるN君。シャイだった僕に「しゅんの友達を増やす!」と言って、色々なイベントに誘ってくれたY君。生まれて初めて素直な気持ちをぶつけ合った元カレのS君。登山を始めるきっかけを作ってくれた、同じ会社のゲイのY君。トレイルランサークルに誘ってくれたご近所のIさん。登山やマラソンのことを教えてくれるAさん。そして、1年たった今でもストレートな愛情表現で僕のことを好きだと言ってくれる今の恋人さん。まだまだあります。

たった8年。たった8年でこんなにたくさんの良い人に出会えたんです。もちろん、ノンケだったとしても、ノンケの中で沢山の良い出会いがあったと思います。でも、何となく。これは完全に想像の話なのですが、ここまで沢山の出会いは無かったんじゃないかなって思うんです。というのも僕は、何かに興味を持った時に、新しい世界へ飛び込んでいくような勇気を持ち合わせていないからです。ですが、自分と共通点があるのであれば、話は別です。そう。「ゲイ」っていう共通点が。笑

ゲイという切り口でみると、世の中本当に沢山の人がいます。登山経験が豊富なゲイ。料理が得意なゲイ。読書が好きなゲイ。。。そんな、多様な人と、たとえSNS上でしか知らなくても、年が離れている人だとしても、ゲイという"共通点"をきっかけにすれば、ちょっと声かけてみようっていう気になれるんです。僕でも。

僕が思うに、そうやって自分の興味を持ったものに、もう手当たりしだい手を出してきたことが、今の出会いに繋がってるんじゃないかなって思います。まあ、もう一回言いますけど、ノンケだったら良い出会いが少なかったのではというのは完全な想像で全く根拠の無いことです。でも、少なくとも、ゲイだからこその沢山の良い出会いがあったことは事実です。

だから、もし生まれる前に戻って、ゲイかノンケかを選んでやり直せるとしたら、どちらを選ぶか?ということを考えた時に、同時に"それぞれの選択をしたときにどういう人生になるか"ってことを教えてもらえるとしたら、今かなり迷うと思うんです。ノンケだったら結婚して、堅実な人生を歩めるみたいだけど、ゲイならこういう人達に出会って、こんな経験ができるのかー。んー悩ましい。。ってね。

まあ正直に言うと、今現在の心境としては、迷ったあとで結局「ノンケ」を選ぶと思います。でも、このペースで行けば、もう少ししたらきっと自信をもって「ゲイ」を選ぶ日が来るんじゃないかな。その時が僕の「ゲイであることを認めた日」になると思います。

(おわり)